なぜ語らないのか。なぜ俯いて歩くのか。なぜいつも独りなのか。そしてなぜ嫌われるのか__。
帯に書いてあったフレーズがとても印象的でした。落合監督と言えば、いわゆる「オレ流」で中日の一時代を築いた名将。正直、私はあまり落合のことについて知りませんでした。この本は落合を間近で見続けた記者の方が書いたものです。川崎憲次郎選手や福留孝介選手など、落合の周りの人々と、落合のかかわりの様々なエピソードが綴られています。落合の言動が、客観的に書かれており、そこからいろいろと推測を膨らませるのが楽しい本でした。
なぜ嫌われるのか
端的に言えば、「慣習にとらわれず、成果にコミットするから」ということなのかな。落合は記者を遠ざけ、厳しい人事を断行し、選手にプレッシャーをかけます。そこには、「プロなのだから、野球で成果を出すことに集中すべき。それ以外は雑念」というようなメッセージを感じました。
私は人事担当者の端くれなので、どうしてもその目線で見てしまうところがあります。落合の思想はジョブ型に近く、それまでの中日は、というより多くのプロ野球チームはメンバーシップ型に近い組織であったのではと推察します。
例えば若手の育成。落合はベテランを重用します。一方球団内部には、もっと若手にチャンスを与えなくてはという声が噴出します。これはまさにジョブ型の世界ではないでしょうか。そのポジションの役割を果たせる見込みの低い選手を試合には出せないのです。建前上はそうかもしれませんが、従来は若手にもチャンスを与えるのが当たり前の空気がありました。しかし落合はそれをしません。
一方で、立浪のようなチームの絶対的存在である選手に対しても、厳しくする。安心はさせない。常に競争させる。人に合わせてジョブを作るのではない。あくまでジョブの椅子を取り合う。そんなところにも、ジョブ型っぽさを感じてしまいました。
ただ、これは周囲の人間にとっては強烈なパラダイムシフトです。当然反発も招く。それでも落合にとっては、適切なポジションに最も戦力として強い選手を置き、試合に勝つ。それこそが大事で、それ以外を捨てる覚悟だったのだろうと思います。なかなかそれを捨てることはできません。日本シリーズで8回まで完全試合をしていた山井を9回で岩瀬に交代させた采配にも、その徹底さがあらわれています。そのシーンは私もリアルタイムで見ていましたが、テレビの前で身体が震えたのを今でも覚えています。
強い、自律した「個」を求める
落合は、選手たちにプロとしての自律を強く求めます。あえて選手と距離を置き、コミュニケーションを少なくしていた様子が読み取れます。そして先述の通り、人間関係ではなく実力主義のポジション争いを生み出すことで、否応なしに選手にプロの自覚を持たせたのだろうと思います。
よく、21世紀は「個」の時代というような言葉を見かけます。それが落合が作ろうとしていたような状況を指すとしたら。とても厳しいものであるなとつくづく思います。甘美な部分だけが注目されがちですが。少しのケガで痛みを訴えればポジションを奪われる。成果が出なければ、容赦なく仕事を失う。もちろん、プロ野球の世界の話がすべて一般社会に当てはまるとは思いません。ただ、「個」の時代というのは「実力主義」の時代とニアイコール。果たしてそれは多くの人が幸せになる社会なのか。多面的に考えられるべき問題なのだろうと感じました。
参考になったこと
ふたつ、覚えておくために書いておきます。
チームの定点観測
落合は常に、ベンチの中では定位置に座って動きません。こんなセリフが印象的でした。
俺は選手の動きを一枚の絵にするんだ。毎日、同じ場所から眺めていると頭や手や足が最初にあったところからズレていることがある。そうしたら、その選手の動きはおかしいってことなんだ。
落合がどれだけしっかりと選手のことを観察していたかというのがわかります。「絵にする」というのはさすがに凡人の私にはわかりかねる感覚ですが。毎日じっと目を凝らしているからこそ、些細な変化に、異常に気付く。これはマネージャーとしてとても大切な姿勢だと感じました。
心は技術で補える。心が弱いのは、技術が足りないからだ。
めっちゃ良い言葉ですね。この本の中で一番印象に残りました。どうしても自分に自信を持てず、不安に苛まれる荒木選手に落合が放った一言です。本当にその通りだと思います。研鑽を重ね、技術を磨き上げれば、自然と自信が生まれる。プロ野球選手と比較するとおこがましいですが、私にも似たような経験はあります。
自分が心を強く持てないのなら、それは自己研鑽が足りない証であると。逆に言えば、自己研鑽を続けることで、心はいくらでも強くできる。頭の中に刻み込んでおこうと思います。
以上、「嫌われた監督」の読書記録でした。
おわり。
こんな読書記事も書いてます→【人事の読書記録】「恐れのない組織」エイミー・C・エドモンドソン
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