中堅製造業の企業風土

初めに断っておきますが、今回の記事は決して自社の悪口ではありません。

ちなみに私の会社は従業員数4,000名ほどの製造業です。

書き方の問題で悪口に見える部分があると思うのですが、私は自社を決して悪く思っていません。

鬱で前職を辞め、失意の中で拾ってもらい、人事という仕事を与えてくれた自社に心から感謝しています。

ただ、それゆえにもったいないなと、こういう組織風土をもう少し改善できたらもっと良くなるのになと感じることをこの記事では書きます。

これは中途入社の私だから感じることができることだと思っています。

そして、今の組織風土を変革してやるという意気込みを忘れないための記事でもあります。

それでは、書いていきます。

排他性

私自身はそこまで気にならないのですが、周りを見渡してみたときに、特に中途入社の人を警戒する雰囲気がありますね。

プロパーの社員の間で築かれた人間関係の中に不純物が混ざるのを良しとしない感じ。

まぁ大人ですから、もちろん教育もするし表面上は普通に接しているのですが、なんとも言えない距離感は感じます。

で、何が言いたいかというと、組織全体でのイノベーション創出には適度なカオスが必要です。

「適度な」と書いたのは、ここでいうカオスとは意図的に作り出されるものであり、ただの統制不足と意図的なカオスを同一視したくないからです。

別記事でレビューしている「知識創造企業」などでは「ゆらぎ」とも表現しています。

カオスを組織内に創出する手段は大きく2つあります。

①人材の多様性

②自律した意思決定

①はダイバーシティと言い換えてもいいです。とにかく様々なバックグラウンドを持つ人材を社内に増やしていくことです。

②はマネジメントの方法論が元になりますが、画一的なトップダウン方式からの脱却が求められています。

特に製造業はマニュアルを整備し、業務を標準化することに関してはレベルは高いと思われます。

もちろん、標準化は大事です。ある程度以上の規模になってくると、様々な業務が属人化したままでは大変なリスクを背負うことになります。

そもそもトップダウン方式は、安定した環境下では強みを発揮しますが、外部の状況が目まぐるしいスピードで変化する現代では、時流に取り残されてしまう危険性が高いです。

ただ、本当に完全ボトムアップ方式に転換することは凄まじいエネルギーが必要ですし、従業員にも大きな負荷がかかるので、トップダウンの組織は残しながら少しずつ権限を下の階層に委譲していく仕組みを考えるのが着地点として妥当です。

それによって個々が自律的に考え、判断していく組織を作っていくことが必要です。

少し話がズレましたが、時代のカオスにキャッチアップしていくためには、社内の環境と社外の環境を合わせる必要があります。社外の環境はここ数十年で明らかに多様性が色濃くなっています。

それに対して、社内の環境を合わせていかなければなりません。

つまり、外から来た異分子を積極的に体内に取り込んでいくことによって、社内と社外の「カオス度」を合わせていく努力が必要になります。

そこから導く課題として、中途入社社員のオンボーディングの拙さが挙げられます。製造業は離職率が低い分、新卒入社の割合が高いことが多いです。

そのため、意外と中途入社者の受け入れが適当だったりします。弊社もご多分に漏れません。

社外で積んできた経験を存分に活かしながら活躍してもらえるような土壌作りを進めていく必要がありますね。

集団の合意による意思決定

これも転職してきてかなりギャップに感じました。

製造業の特徴なのかは分かりません。

ある程度以上の規模の企業なら大体そうなのかな。会議で合意をとって「皆で決めた」という事実をとても大事にします。

企画書には自分の名前は書きません。チームの名前を書きます。

企業の規模が大きくなるほど、利害関係者も増えるし色々な根回しとかが必要になるのはわかります。社内政治が重要じゃないと言うつもりは全くないです。

しかし、果たしてこれで自律的な人材が育つものか否か?

自律的な人材=「自分で意思決定ができる人材」です。

自律的な人材を育てようと思ったら、若いうちから「自分の責任で判断する」という経験を積むことが必要不可欠だと思います。

大きなプロジェクトは合議で決めてもいいです。けれど、ある程度以下の規模の案件は積極的に権限委譲していくのが望ましいと考えます。

意思決定者は常に一人というのがあるべき姿です(もちろん、案件によってそれぞれ違う人です)。

でないと責任の所在がブレます。

「全員が合意した」という事実は責任の所在を全員に薄めます。ただ、従業員のストレスはおそらく責任の所在が薄まった方が少ないでしょう。

一方で、成長にはストレスを与えられる環境が付き物です。

ストレスを乗り越えるときに人は大きく成長します。そのストレスというのが「自分の責任で意思決定する」ということだと思うのです。

若いうちに「自分の責任で意思決定する」ストレスにさらされておけば、その時はまだ上司や同僚からのフォローが期待できます。

問題は若いうちに意思決定の機会を多く与えられないままに管理職になっていった場合。管理職になって急に大量の意志決定を迫られます。

しかし、30台40台になってそんな経験したことの無いストレスにいきなりさらされるのは正直不憫です。潰れてしまいますよ。

もしくは、意思決定者としての機能不全を起こすことが目に見えています。

そうならないためにも、若いうちから少しずつ自分の責任での意志決定の機会を与えていくべきです。

企画書には自分の名前を書いて勝負しませんか。「この案件に関する決定は私が全責任を持っています」と言い切ってみませんか。「上司の確認」を取らないと決められない仕事のやり方を変えたい。

前章で書いた権限の委譲が進めば、これが当たり前になります。そして、自律的な人材を育てることに加えて、多様な判断基準を社内にもたらし、組織に意図的なカオスをもたらします。

こういう権限の委譲を促進していくような人事制度施策ってどんなのが良いかな。。。ここに関しては自分の知見の不足を感じるところです

全体最適の考え方の不足(セクショナリズム)

これも組織風土として非常に根強いと感じます。

事業部制の色がかなり濃く、各事業部が独立して動いている部分がかなり多いです。

そのため、事業部間には低くない壁があります。

事業部を超えた連携がアジャイルにできる環境が整っていません。

事業部が高い独立性を持って運営されているというのは必ずしも悪ではないのですが、それによって「全社」の視点で見る能力を持つ人があまり多くないのかなという印象です。

自分の事業部の利にこだわりすぎるあまり、それが全体で見たときにどういう効果があるのかということが見えなくなっているように思います。

自分の部署が損をしても、会社全体で見れば得をする。もしくは、自分の事業部が少しの作業を引き受けることによって、他部署の作業が大きく改善し、結果会社全体で見れば工数削減に繋がる。

こういうことは沢山あります。

その際に自部署の利益だけを見て「NO」を出してしまうのは非常にもったいないですね。

これに対する対策も、私としては前章に書いた若いうちからの権限委譲が効果的ではないかという仮説を持っています。

なぜなら権限を委譲されることによって、自分より上の視座から物事を判断するトレーニングになるからです。

意志決定の権限を持っても、最初はなかなか難しいものですし、上司の真似から入るケースがほとんどです。

もちろん、上司と密にコミュニケーションをとって判断基準の共有を進めていることは前提です。

そして、自分の立場より上の視座から問題点を見る癖をつけていくと、最終的には「もし自分が社長だったら」という基準で判断するようになります。

この考え方を身に付けてしまえば、セクショナリズムなんて考え方はありえません。社長は常に全社最適を考える立場であることは当然だからです。

まとめ

転職してから何となく頭にあったモヤっと感を今回記事に書いてみて、すごく頭の中が整理できて良かったです。

ただ、考えているだけじゃ意味がないので、具体的な行動に移していかなければですね。

私の社内での発言力はまだまだ低すぎるので、まずはマネジャーを仲間に抱き込むところから始めていきます笑

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