
労働判例ザックリまとめ、第三弾です。
今回は三菱樹脂事件、企業の採用活動における思想・信条の取り扱いについて示した判例です。判決が出たのは1973年で少し古いですが、入社後の試用期間の取り扱いについても示している重要な判例ですので取り上げます。
三菱樹脂事件の概要
X(原告)は大学卒業後、3ヶ月の試用期間を設けたうえでY社(被告)に入社。
しかし、Xが採用試験の際に「大学時代に学生運動に参加したか」との質問に対して、当時はこれを否定していましたが、入社後のY社の調査によって原告が社会闘争(いわゆる60年安保闘争)の参加経験があることが発覚。
Y社側は「本雇用契約は詐欺によるもの」として試用期間満了後の本採用を拒否しました。
これに対してXが「Y社の決定は被雇用者の思想・信条の自由を侵害している」として雇用契約上の地位確認の訴えを起こしました。
三菱樹脂事件の判決
一審、二審では原告の訴えが大筋認められました。「通常、事業会社において、特定の思想・信条を持つ者がそれによってただちに業務に支障をきたすとは考えにくい」というのが主な理由。
しかし、Y社はこれに対し控訴、上告もして、舞台は最高裁へ。
原告側の主張する「思想・信条の自由」(憲法第14・19条)と被告側の主張する「企業の経済活動ないし営業の自由」(憲法第22・29条)が真っ向から対立する形になりました。
まず、結論としては最高裁では高裁での審理が不十分として、高裁の判決を破棄、差し戻しとしています。
論点は主に以下の二点です。
①憲法の規制の適用範囲
一点目のこちらに関しては、基本的に憲法の規定は、国もしくは公共団体と私人の関係を規律するものであり、私人同士の関係性を規律するものではないとしています。
そのうえで、労働基準法3条における以下の記述は、賃金や労働時間といった労働条件を規制するもので、雇い入れ自体に関する制限をするものではないとしています。
使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。
労働基準法3条
したがって、思想・信条の調査の結果を元に雇い入れを拒否したとしても、ただちにそれを違法ということはできないと判示しました。
②試用期間満了時点での本採用拒否の妥当性
二点目の論点です。
それまで明らかでなかった試用期間の法的性質について、「解約権留保付の雇用契約」としています。
留保した解約権に基づく解雇については、通常の解雇よりも広い範囲の自由が認められてしかるべきとの見解も示しています。
もし、これが試用期間が終了して本採用してからの解雇という形であれば、労働条件に関する差別的取扱いとして、憲法に違反すると解された可能性が高いです。
解約権の留保の趣旨は、採用前の段階で資質・適性などを判定するための資料を十分に得られないのを補完することです。
その趣旨・目的に照らし、客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当であると認められる場合につき、解雇が許されるものとしています。
そして、「思想・信条の秘匿を理由にした解雇が社会通念上相当であるか」が十分に審理されていないとして、高裁の判決を破棄し、差し戻しました。
ちなみに本件は差し戻された高裁で和解が成立しています。

学び
本件で人事的に特に重要なのは②の論点で、試用期間の性質を「解約権留保付の雇用契約」としているところです。
そのため、通常よりは解雇の自由が広く認められるものとされています。
ただし、もちろん合理的で社会通念上相当と思われる理由があるのが前提です。
「思ったより仕事ができない」というような、曖昧かつ主観的な理由では試用期間終了時での本採用拒否も難しいと言えます。
試用期間中に欠勤を繰り返すとか、明らかに業務に支障が出るレベルであれば、妥当であるかと考えられます。
また、試用期間の扱いを審議する際は、本契約との処遇の違いも念頭に置くべきとの見解も最高裁は示しています。
試用期間中も本契約と変わらない条件を結んでいる企業は多く、その場合は試用期間は本契約と連続した関係性があるとみなされます。
試用期間をあたかも有期雇用かのように捉えている人もいますが、多くの場合それは間違いであることに注意しましょう。
「あくまで本契約とほぼ同じで、少しだけ解雇の制限が緩い」ぐらいに考えるのが無難です。
おわり
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