人事評価の「公平」と「公正」の話

 

人事評価って、多くの会社さんで問題になってますよね。あと、不満も溜まりがちな領域ですよね。今日は、そんな人事評価について、考えたことを。

どっかの本で読んだ話のような気もするけど、どの本だったかは思い出せず…。なので、頭の中から記憶を引っ張り出しながら書きます。

高い評価をもらって不満に思う人は、いませんよね。なので、不満を持つ人というのは基本的には評価の低い人です。

そして、不満を持つのは、評価が低い理由に納得できないからです。もうちょっと言えば、他人と比べて、「なぜあいつより俺の評価が低いんだ」みたいなことも思うかもしれません。

つまり、自分は不当に低い評価を付けられている、という主張になるわけです。

「不公平だ」「えこひいきだ」と。

そのこと自体を否定するつもりはありません。そうなってしまっているのは、会社の仕組みであったり、評価する上司に責任がある場合も多いと思うからです。では、どんな人事評価だったら、不満を持たれにくいのだろう。

思うに、「公平な評価」を諦め、「公正な評価」を目指すのが良いのではと。もう少し詳しく以下で書いていきます。

人事評価の「公平」とは

「公平」という言葉を調べてみると、

すべてのものを同じように扱うこと

と出てきます。なるほど、人事評価は確かに全員同じ目線で見るべきだし、私情を絡めたえこひいきが良くないというのは、誰しも思うことでしょう。

ただ、ちょっと考えてみたいのは、それってできないよね。という話。

人間が評価する以上は、やっぱり感情入っちゃいますよね。数字だけで評価できる仕組みになってればそれもいいかもしれません。けど、世の中なんでも数字で表せる仕事ばかりでもない。もしぜんぶ数字にできるなら、AIに評価してもらえばいいでしょうね。

それを防ぐために、何人も評価者を増やして、一人の感覚に偏らないようにしたりもします。けど、たいてい直属の上司以外の人がそこまでその人のことを詳しく見てませんよね。それでどう評価したものなのかとは、ちょっと疑問に思ったり。

あと、もうひとつ気になるのは、評価される側には「すべてのものが同じように扱われて」いるかどうかは見えないということ。なので、評価する側は「公平かどうか」など、そもそも知る由もない。

そのうえ、さっきも述べた通り、完全な公平なんてあり得ない。

自分の評価が低い理由がわからなければ、それは「公平じゃない」ということになるのかなと。

結局は、評価される本人が、不満に思わないか。低い評価を受け入れ、次に向けて前を向けるのか。それが重要だと思います。

そしてそのためには、「公平かどうか」は実はあまり関係無いんじゃないかなーと思う。

人事評価の「公正」とは

「公正」という言葉は、公平に近いニュアンスですが、「正しい」という字を含みます。

人事評価の正しさは誰が決めるのか。まあこれも、評価を受ける側の人だという言い分もあると思う。けど、組織としての正しさってあると思うんですよね。

それは何か。組織として評価のルールが、わかりやすく開示されていること。それに基づいて評価が為されていると、説明できること。これが、評価における「公正」だと思ってます。ある意味、「皆を同じように扱う」という観点で言えば「公平」でもある。

評価のルールをきちんと定める。これは人事の仕事。

それを社員にわかりやすく開示する。これも人事の仕事。

そして、ルールに基づいて評価をして、それを本人に伝えるのは上司の仕事です。つまり、この評価は組織として「正しい」のだということを、納得してもらうのです。もちろんそれ以外にも、上司との信頼感であったり、評価のフィードバックにはいろんな方法論がありますけど、ここで書きたいことではないので割愛します。

大事なのは、評価の理由を説明できること。そしてそれが社員にとってサプライズでなく、きちんと知っているルールをベースに為されていることです。

目指したい人事評価

つまり、「公平」な人事評価っていうのは本人の主観に大きく左右されるので、そもそも達成するのは困難。目指すべきものではないと思います。

一方で、「公正」な人事評価であれば、目指しやすい。まあもちろん被評価者に依る部分もありますけど、「公平」な人事評価よりも会社がコントロールできる要素が大きいものです。

公平な評価よりも、公正な評価。そんな人事評価制度を目指していきたいなあと思ったのでした。

おわり


人事の仕事についてはこんな記事も書いてます→ 付加価値のない仕事はやめればいいのか

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