解雇権濫用法理から日本型雇用慣行の未来を考える

この記事では、解雇権濫用法理に関して解説しながら、最終的には日本型雇用慣行の今後について、私見を述べていきます。

ベテラン人事担当者の方には既知の情報ばかりの記事かもしれませんがご容赦ください。

解雇権濫用法理とは

まず2003年の労基法改正までは基本的には法律の中に直接的に解雇を規制するような文言はありませんでした。

しかしながら、1960年代頃から当然解雇の正当性を争う裁判はしばしば起こるわけで、その際に主に下級審が拠り所にしていたのは民法1条3項の権利濫用の禁止という一般条項でした。

これによって、合理的な理由を持たないと判断される解雇に対してはこれを権利濫用として無効にする判決が出されていました。

つまり、合理的な理由のない解雇は無効という判例が蓄積されていくことにより、それは後の裁判にも強い影響を与えていったのです。

判例としては日本食塩製造事件や、高知放送事件などが参考になります。

その後、バブル経済崩壊から日本型雇用慣行の変化が始まろうとする一方で、解雇規制緩和への消極論も根強く、結果として2003年の労基法改正で解雇権濫用法理が法律によって明文化されました。

更に、2007年に制定された労働契約法16条に、以下のとおり解雇権の濫用に対する記述が成されました。

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

そして今日でも、この法律に基づく解雇の難しさは日本型雇用慣行を象徴するものであるといえるほどの大きな存在感を持っています。

この法律について、労働者保護と企業の柔軟性という二つの観点から、以下でもう少し掘り下げてみます。

労働者保護の観点

まず、労働者保護の観点から見ていきます。

日本の長期雇用システムは世界でも異質な類ではありますが、戦後復興からバブル崩壊当たりまでの経済がぐんぐん成長していた時代においては合理性がありました。

すごく大雑把に言ってしまえば、モノが足りていなかった時代であったがゆえに、とにかく作れば作るだけ売れる時代だったのです。

「モノづくりの国」と称される、製造業が盛んな国としての日本の形が出来上がっていったこの時代、とにかく売るためには作る必要があります。

当然現代ほど自動化も進んでいませんから、大量のモノをとにかく作り続けるには、大量の従業員を長期間安定して雇用し続けることが必要です。

それを実現するために作り出されたのが、年功序列を中心とした長期雇用を促す雇用システムです。

長期間勤続していれば確実に待遇が上がっていく、作れば作るだけ売れ続ける、成長し続ける時代だったからこそ、企業もその保証ができたのです。

更に、製造業の特色でもありますが「社内熟練」が非常に重要になってきます。

例えばすっかり耳馴染みのある言葉になった「プロ経営者」なら企業を渡り歩きながら短期に経営状態改善という結果を出すでしょう。

しかしながら、製造業で考えたときになかなかそのようなことは難しい。

なぜなら企業が変われば作るモノも変わることが多いし、機械の操作や現場の人間関係、それこそ前述の「社内熟練」は短期間で習得していくことは困難だからです。

つまり、企業側から見れば労働力の安定した確保、労働者から見れば社内熟練を積みながら確実に待遇が向上して安定した生活設計ができる、WIN-WINの関係だったのですね。

では、本題の労働者保護ですが、この状態で企業に解雇権が自由に認められていたりしたらどうなるでしょうか。

自動化・システム化が進み、人の作業が簡素化してくるほど高度な熟練は必要なくなり、待遇が上がってきて労務費を圧迫する長期勤続者ほど解雇の対象になり得るでしょう。

高齢になってから突然解雇され、残るのは他社では何の役にも立たない社内熟練スキルだけというような目も当てられない高齢労働者が続出することになります。

これでは、企業と労働者のパワーバランスが崩れてしまいます。

本来この両者のパワーバランスは常に一定に保たれていることが必要です。どちらかに傾くと、資本主義社会には大きな歪みを生みます。

日本の安定した経済成長に欠かせなかった長期雇用のシステムを支えるために、企業側からの一方的な解雇の自由は強く制限することが必要だったと考えられます。

企業の柔軟性の観点

そして、ここまで書いてきた経済成長の時代は既に終わり、日本は低成長時代に突入しています。

作れば作るだけ売れた時代は終わり、質の良いモノを安価に作れなければ売れない時代です。

そんな時代だから、今の企業が生き残るために求められるのは変化に対応するスピード、すなわち柔軟性です。

柔軟性にもいろいろな種類がありますが、ここでは本記事のテーマである解雇権に絡めて雇用調整の柔軟性について書きます。

例えばアメリカでは経営状態に合わせて従業員を柔軟に解雇したり採用することが法律で認められています。

逆に日本では解雇権には前述の通り厳しい制限がかかっています。

当然のことながら企業の雇用調整は難しく、業績が上がっていかないにも関わらず勤続する社員に合わせて労務費は上がって行き、苦しい経営に追い込まれることもあります。

大企業では「追い出し部屋」みたいなものもあったりして、上手く「解雇」にならないように雇用を調整する手法に企業が頭を悩ませるようになってしまっています。

介護事業を買い取ってリストラ対象者をそこに異動させた損○○パンとか・・・

私見で言えば、追い出し部屋のような自主退職に仕向けるようなやり方は本来の解雇権規制の意図から大きく外れるもので決して望ましくないと考えています。

潔く「解雇」できればいいのですが、なかなかそれも許されないというところです。

今後の日本型雇用慣行の行方は

少なくとも厳しい解雇規制が時代に合わなくなってきていることは間違いないでしょう。しかしながら、アメリカに代表されるような超柔軟な解雇・採用のシステムが必ずしも良いとも限りません。

例えば解雇が自由になれば失業率が大きく上昇するのは目に見えていますし、それは国民にとって決して幸せなことではないでしょう。

ただでさえ自殺の多い国です。

それを更に追い込んでいくような方向に進むのは得策ではないかと。

時代に合わないとは言いましたが、やはり労働者保護の観点から解雇権濫用に関する規制はこのままであるべきだというのが私の意見です。

ただし、このままでは人材の硬直化と労務費の高騰によって日本企業が追い込まれていくことも未来も迫っています。

折衷案として、手をつけるべきは「労働条件の不利益変更」に関する規制です。こちらも労働契約法にて規制されており、企業が労働者の賃金を下げることについては大きなハードルを伴います。

もちろん、いくらでも不利益変更していいということになってしまうとただの無秩序です。

幸い働き方改革によって均等・均衡待遇という言葉がかなりメジャーになりました。

実際に経営状態や本人の勤務状況を鑑みて、不利益変更に合理性が有るのか否かという点について、判例が出てきて基準が見えてくれば、かなり企業側としてもやりやすくなるのではないでしょうか。

不利益変更を不合理でない範囲にとどめることによって、最低限の労働者保護も可能です。

不利益変更の規制が緩和されれば、企業にも少し雇用調整の自由度が出ます。

一方で、不利益変更に不満な労働者はスキルを磨いて転職活動に身を投じることで、日本の労働市場全体が活気づくでしょう。

日本企業の競争力を保ち続けるためにはこの方策で労務コストや人材流動の柔軟性を向上させていくことが必須だと考えます。

完全に蛇足ですが、うちの会社にも賃金下げたい従業員がめっちゃいます。。。

おわり

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