認知的不協和 ~経営理念への共感は後から作れる?~

この記事では、心理学において非常に有名な概念である認知的不協和について解説します。さらに、実際に日本の会社でよく見られる風景を取り上げて、サブタイトルの経営理念への共感について考えていきます。

認知的不協和とは

認知的不協和とは人が自身の中で矛盾する認知を同時に抱えている状態や、その時に覚える不快感を表す心理学用語です。認知的不協和を抱えている人間は自の認知を修正することによって、不協和の解消を図ります。

例えば、自身の思想と矛盾する行動を取って報酬を受け取った場合、相反する行動を取った事実は変えようがないので、自分の思想の方を修正することによって矛盾を解消するのです。もちろん人の思想を変えるのは一朝一夕では難しいものの、何度も繰り返していくことによって可能になります。

昔の中国などで洗脳にも同じような手法が使われた実例もあるそうです。

認知的不協和に関する有名な実験として、提唱者であるフェスティンガーが行った以下のような実験があります。

フェスティンガーは単調な作業を行わせた学生に対して報酬を支払い、次に同じ作業をする学生に「この作業はとても楽しい」と伝えさせるという実験を行いました。

実際は、単調でつまらない作業をしているのですが、楽しさを伝えるという矛盾した行為から不協和が発生します。

フェスティンガーは更に報酬の額を変えることによって、その多寡で楽しさを伝える度合いが異なることを確かめました。

報酬が少なかった学生は、報酬が多い学生よりも楽しさを強く伝えたそうです。報酬が少なく、割に合わないと感じた学生は「もしかして楽しかったのかもしれない」と思うことによって無理やり不協和を修正したのです。

報酬の額は非常に重要なポイントですね。報酬が多くもらえると、「報酬のために仕方なくやったのだ」という思いが強くなり、認知の矛盾・不協和というのはそこまで大きなものではなくなるのです。

会社で経営理念を唱和していますか?

皆さんの会社には社是とか経営理念とかMVVとかいったものがありますよね。それらを朝礼なんかで皆で唱和しているでしょうか。されている会社も多いのではないでしょうか。私の会社もしています。

当然、会社の経営理念ですから、悪いことが書いてある場合は少ないはずです。概ね皆さんの信条・思想にも沿うものでしょう。ですが、例え意に沿わないものだったとしても、毎日口に出して読み続けるとそれは少しずつあなたの思考にも影響を与えていきます。

会社でもらう賃金が比較的低い場合によりその傾向が強くなります。

社員が経営理念とかTOPの思想を盲信している会社は賃金が低めの水準のことが多いです。

それは、ブラックとかホワイトとかいう単純な話ではなく、賃金が低めなことによって「報酬のために仕方なく働いている」という意識が薄まることによって、より認知の不協和が強くなるのです。

社是・経営理念に対する私見

このように書くと、「社是・経営理念を使って会社は従業員を洗脳しているのか」とか思われそうですが、私が言いたいのはそういうことではありません。

社是や経営理念の内容によると思っています。経営理念は基本的には主語は「会社」ですが、社是は「従業員」が主語であることがほとんどかと思います。重要なのはこの主語が従業員の部分です。

「人としてどうあるべきか」ということが書かれた社是を日々唱和することは人格形成に大きな影響を与えます。実際、それを私は転職によって痛感しました。

前職では社是の他にも企業哲学としての行動指針を文章化しており、日々の唱和だけでなく勉強会をしたり、レポートを書いたり、さまざまな機会でそれらに触れていました。

内容はまさに、「従業員として」というよりも「人として」どうあるべきかといったことです。

一方、現職でも同じようなものはあるものの、唱和も手短なものですし、それについて考える機会もありません。

両社で、社是などの内容にものすごく違いがあるとは思えないですが、違いがあるのは触れる回数、考える回数です。

前職では、「洗脳だ」なんて揶揄も聞かれることもありましたが、良き行動指針になっていましたし、従業員の人格形成に一役買っていたことは疑いの余地がありません。

また、これも超絶私見なのですが、人間に「自分でゼロから生み出した考え」なんてものは基本的にありません。

「自分で考えた」と思っていても、元をたどればそれは他の何かから影響を受けたものなのです。

そして、思考の幅広さを持つためにはさまざまな価値観に触れ、自分の行動にまで落とし込んでいくことが不可欠だと考えています。

そのために、社是・経営理念の唱和というのは非常に効果を発揮します。特に「人としてどうあるべきか」という部分に着目して、是非自分の行動を変えてみませんか。

私も前職で大事にしていた人としてどうあるべきかという哲学は、今でも骨身にしみていて抜けていきません。

そんな経験をたくさんできるのであれば、洗脳のような社是・経営理念の唱和もそこまで悪いものではないなと私は思うのです。

認知的不協和を上手に意識することで、行動から自分の人格そのものに好影響を与えていけるのではないでしょうか。

おわり

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