この記事では、海老原嗣生さんと荻野進介さん著の「人事の成り立ち」という本を紹介します。合作になってはいますが、全体の9割は海老原さんがお書きになっているようですね。
人事の歴史に残る名著を17冊厳選し、それぞれの著者と海老原さんの往復書簡という形をとっている点が非常にユニークです。名著の概要の解説に海老原さんの視点が加わり、読み応えのある1冊でした。
また、紹介されている名著を読んでいくことでツリーのように学びを広げていくことができます。
私も、「知識創造企業」という本に興味を持ち、このレビューを書く前に読んでしまいました。
他にもいくつか読んでみたい本が出てきたので、順番に読んでいく予定です。
では、本著の中で印象に残った考え方をご紹介していきます。
著者は、昨今よく耳にする日本型の「終身雇用」や「年功序列」への批判が、日本型雇用の本質的な部分が理解されないままに成されていることを嘆いています。
以下で、日本型雇用に関する著者の考え(私の考えも混ざります)を欧米型雇用との対比を交えながらご紹介します。
メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用
日本型と欧米型を言い換えると「メンバーシップ型」雇用と「ジョブ型」雇用とも考えられます。
簡単に説明すると、メンバーシップ型とは会社への所属、すなわちメンバーになること「のみ」を契約する形での雇用です。日本の企業の雇用の多くはこの形ですね。「総合職」という括りで採用された社員は、どのような職務に従事するか分からず、企業側が強烈な人事権を持っています。
対してジョブ型は、採用の時からどのような職務に就くのかが明確になっており、基本的にはその職務を全うし続けます。当然、昇進という概念はありますが、人事異動に関しては企業側にもそれほど大きな権限はなく、原則は同じポストのまま働いていくことになります。
著者は、ポストが可変であるか固定であるかという点がメンバーシップ型とジョブ型の大きな違いであるとしています。
また、ジョブ型というと、ジョブ・ディスクリプション(職務定義書)でタスクの内容が詳細に決まっていると思われがちですが、実際はそんなことはなく、欧米のジョブ・ディスクリプションもかなり抽象的な言葉で書かれており、イレギュラーな対応業務も日本と同じように発生するという事実が述べられています。
【年功序列?】誰でも階段を上る社会
日本型雇用の最大のポイントは、「誰でも階段を上る」ことだというのが著者の意見です。
こう言うと年功序列と結びつけて考えられる方が多いかもしれませんが、著者の主張は若干違います。
たしかに、日本では「職能等級制度」の存在により、かなり年齢によって給与が左右される場合が多いということは間違いないでしょう。
しかしながら、それは本質ではなく、日本型雇用の特徴にも目を向けるべきです。
「誰でも階段を上る」前提として、入社してきた新人を引き上げていくシステムが日本の企業にはあります。
メンバーシップ型雇用がその源泉になっており、職務が無限定であるがゆえに、「慣れたら少しずつ難しく」していき、知らぬ間に成長させていくことが可能なのです。著者はこれを「ゆで蛙」方式と呼んでいます。
ジョブ型雇用の場合、ジョブの内容を変えていくのにはそれ相応の障壁がありますし、ポストが同じなら新人もベテランも同じ仕事をこなしてもらわなければならず、簡単な仕事から少しずつ難しくして・・・なんて運用はなかなか難しいのです。
この仕組みで社員の成長を促しながら、処遇を高めていけることは従業員にとっても大きなメリットでしょう。
企業側のメリット
当然、日本型の雇用は企業側にもメリットがあります。
それは、要員管理の容易さです。
最近、不穏なニュースが紙面に踊っているものの、「新卒一括採用」は日本に長く続く雇用慣習です。今後もそう簡単には無くならないでしょう。
新卒一括採用は、日本型のメンバーシップ型雇用の理に適っているのです。
例えば、ある企業で部長のポストがひとつ空いたとします。ジョブ型雇用の場合、大抵は外部の労働市場から後任候補を探すことになるでしょう。ジョブ型雇用の特性として、ポストを横に動かすのが困難なのはもちろん、課長クラスを昇進させることさえも本人の同意が要ります(まあ、昇進に文句を言う人は多くはないでしょうが)
一方、日本型の雇用では企業が強い人事権を持ちます。そのため、タテヨコ自在に人の配置を動かすことが可能です。
部長のポストが空いたら課長が昇進、その下の係長が課長に昇進というように玉突きの昇進も容易です。そして、最後には末端の新卒を一人雇えばいいという風にできるのです。
そして、一括で採用した新卒を「ゆで蛙」方式で育てていく。この仕組みがあることによって、新卒一括採用は低コストな最強の人員確保手段となるのです。
企業側のデメリット
当然、デメリットもあります。
コストの高騰という意味では、「誰でも階段を上る」システムも当然企業にとってはデメリットになりうるでしょう。
更に大きいのがいわゆる終身雇用、「解雇の難しさ」です。
つまり、「今まであった仕事が無くなった」とか「職務に求められる働きが十分にできなかった」という状況が起こったときに、ジョブ型なら解雇して終わりです。
しかしながら、日本型雇用では職務を限定していないがために、「その仕事で雇ったわけではないのだから、その人に合った仕事を探しなさい」ということになるのです。
このため、企業側からの解雇は相当に難しくなります。もちろんリストラが無いわけではありませんが、かなり企業の経営状態が厳しくなっている場合に限られるでしょう。「企業別労働組合」も日本型雇用の「三種の神器」と言われるひとつですし。
長期勤続による熟練
もうひとつ、私がポイントだと考えるのが「企業内熟練」です。
例えば、大手のメーカーでB to Bのルート営業をしていた営業マンが、いきなり消費者のお宅にガンガン飛び込む保険の営業をすることになったらすぐにできるでしょうか?
基本的なスキルはあるでしょうが、見積の取り方から提案の出し方から全く勝手が違うでしょう。さらに言えば、お客様との関係だけでなく社内の調整なども大事な仕事です。それらは企業によって様々な慣習がありますから、慣れるだけでも一苦労でしょう。
このように、企業内でしか発揮できない力というのは意外とたくさんあるものです。
更に、この企業内熟練は企業側にとっても重要です。
総務、経理などは比較的業務が一般化されており、まだ何とかできる部分もあるかもしれません。
しかし例えば生産現場のことや、開発のこととなってくると、如何なスペシャリストを連れてこようとも、企業独自の環境を理解し、それに適応できなければ活躍できないということは、容易に想像できます。
そういう意味で、企業の内部を知り、その企業にマッチするスキルを従業員が長期の勤続で身に付けていくことは、企業の成長には重要なことなのです。
まとめ
簡単に書きましたが、本書のテーマはとても深く、まだまだ私の理解が及んでいない部分が多くあるかと思います。
少なくとも、ここに紹介されている名著の数々は少しずつにはなりますが読破します。
昨今、日本型雇用は悪い部分が取り上げられることが多くなりましたが、では欧米礼賛でジョブ型雇用に乗り換えていけばよいのかというと、それはあまりに短絡的です。
上述のとおり、日本型雇用には良いところもあります。
政府が推進する「働き方改革」が代表例ですが、今後は「個」に合わせた多様な働き方が求められる時代です。
しかし一方で全ての人に最適な働き方を提供できるシステムは存在しないとも思います。
企業の方針によって異なってはくるでしょうが、日本型の良いところを極力残しつつ、悪いところを少しずつ消していけるような施策が必要です。
↓こちらの記事で少し触れている、「ハイブリッド等級」を一例として挙げておきます。
当社の雇用も、まさに伝統的な日本型そのものですので、本書を参考に少しずつ課題を解決できるような打ち手を模索していこうと思います。
おわり
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